- 校長の声
No.44 『ペスト』という小説と本校の校訓
戯曲も思想書も書いたフランス(生まれはアルジェリア)のノーベル文学賞受賞作家アルベール・カミュに『ペスト』という小説があります。1947年の作品なのですが、世界中が新型コロナウィルス感染防止に必死になっている今、盛んに読まれているようです。
「四月十六日の朝、医師ベルナール・リウーは、診察室から出かけようとして、階段口のまんなかで一匹の死んだ鼠につまずいた。」やがてペストが蔓延し、市の門は閉ざされます。
「市の門は、二月のある晴れた朝の明けがた、市民に、新聞に、ラジオに、そして県庁の公示に祝されて、ついに開いた。」約十か月間、外部と遮断された閉鎖空間での市民の動きが、献身的に奉仕するリウーの奔走を軸にして描かれます。
リウーは言います。「今度のことは、ヒロイズムなどという問題じゃないんです。これは誠実さの問題なんです。こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」
人々のために誠実に奉仕する高潔な人間であるリウーを、しかし、作者は偶像化しません。「不条理」の思想に徹したカミュ独特の端正な文体で、一市民としてのリウーをクールに描きます。最後には妻の死を迎えることになるリウーの傍らには、リウーに劣らず平静にふるまう母親がいます。この、状況がどんなに危機的になっても静かにリウーを見守り続ける母親をさりげなく配して、彼女の何気ないふるまいを丁寧に描くためにも、カミュは小説という形を採ったのではないでしょうか。
人間が、本校の校訓にある「誠実・高潔・奉仕」を目指す時、そんな人間の傍らで静かに見守ってくれる存在の大きさを考えさせてくれる作品でもあったのだなと、私は久しぶりに再読して目を開かれる思いがしました。
写真の左の2冊は私が昭和39年に購入した上巻(90円)・下巻(100円)別の文庫本。真ん中が現行の文庫本(750円)。右はフランス語版。Laはフランス語の女性名詞に付く定冠詞。フランス語の名詞には男性女性の別があります。英語の方がやさしそう?
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