- 校長の声
No.11 君がセンター、君たちがセンター
井上ひさしさんに「ナイン」という野球小説があります。教科書にも載っていますので、読んだことのある方もいるでしょう。
王貞治氏がジャイアンツの新監督になった(1983年)頃、かつて新宿区の少年野球大会で準優勝した四谷の新道(しんみち)少年野球団について、「私」が馴染みの中村畳店親子と話します。小学6年生だった彼らは「やっと三十歳」になった今、家業の畳屋を継いだ投手・英夫を除いて全員が新道を離れています。英夫は、今や詐欺師に転落した捕手・正太郎に自分の店もだまされたのに、「ぼくらのキャプテン」「正ちゃん」を庇い続けます。「私」は英夫が語るキャプテン正ちゃんをめぐるナインの友情話に聞き入ります。ナインの現在が英夫・正太郎からポジション順に語られる中で、なぜかセンタ-(中堅手)だけが語られません。その理由は書かれていません。表紙カバ-装画で安野光雅さんは9人の中の2人の胸に「中村」と「英夫」を分けて書いています。名字が書いてあるのは英夫だけです。炎天下の決勝戦を延長12回まで一人で投げきったエ-ス英夫に、チ-ムの「センタ-(中心)」の称号も与えたかったのでしょうか。
カトリック信者だった井上ひさしさんは、ナインの強い結びつきの「中心(センタ-)」に「言葉を超えたもの」を考えていたのでしょうか。あるいは、不在のセンタ-に思いをめぐらす人は誰であれセンタ-に立つことになる、ということなのでしょうか。それとも、その一人がいて初めてナインが成立するという意味では、どのポジションの選手も実はセンタ-の役割を担っている、ということなのでしょうか。
野球部は2試合目で惜敗しました。「愛媛新聞」には2試合とも記事のすぐ下に本校野球部員の姿が写真入りで紹介されていました。初めは今年になって発症した重い病気と闘いながらスタンドから声援を送るI君の姿が。次には今年がんで亡くなった父親の言葉を胸にベンチから声援を送るK君の姿が。君の立っているその位置がセンタ-なのだ、と思う。君たちは、ナイン(チ-ムメイト)の心の中では立派なセンタ-なのだ。誰もが、一人一人、お互いにとって欠くことのできないセンタ-を生きているのだ。
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