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2021/01/12
  • 校長の声

No.50 普請中

 No.50 普請中  

明けましておめでとうございます。
昨年来の新型コロナウィルス感染が新しい波となって勢いを増している中での新年ですが、この事態が「旧状況」として過去形で語られる日を、一日も早く迎えたいものです。

今年、本校は今の本館が「旧校舎」として懐かしく語られる日を一日も早く迎えるべく、新寮・新校舎の建築を加速させます。まず、新寮が建ちあがってきました。今年の本校は、まさに、「普請(ふしん)中」状況に入ります。

森鷗外の短編小説「普請中」の主人公が「日本はまだ普請中だ」と言うのは、明治43(1910)年の作品ですから、日本の近代化が途中段階であることを言っているわけです。
『鷗外の精神』を書いた評論家・唐木順三は近代日本の未成熟状況を言うのに、よく「古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず」という鴨長明の『方丈記』の一節を引いていました。長明は治承4(1180)年の平家による福原遷都の現況を、かつての都は荒れ果てて、それに代わる新しい都の福原はまだ体をなしていない過渡期、と見たのです。
このフレーズを昭和20(1945)年3月の東京大空襲の中で噛みしめていたのが『方丈記私記』の著者・堀田善衛でした。

今私たちが直面しているコロナ禍の最大の課題は、東京オリンピック開催の可否などではなく、コロナ禍を招来してしまった私たちの文明が、自然(ウィルスも自然の一部)との古い接し方を変えて、自然との新しい関係を作れるかどうか、です。私たちは、自分たち人間の生活の便宜のために自然を犠牲に(大気・海水の汚染も森林伐採も)してきた結果、今、自然から手痛い告発を受けているのです。私たちは新しい文明の普請にかからなければなりません。将来世代に責任を持つ地球市民として。

本校は、カトリック精神という不壊(ふえ)の拠りどころの上に、気候変動も格差社会も核兵器も文明の過渡期現象として「問題」視できる「地球市民としての自覚」を持つ次世代が育つ場を目指して、旧い校舎時代を惜しみ懐かしみながら、創立100周年を迎える新しい学校の普請に鋭意取り組んで行きます。
本年も、どうぞよろしくお願い申しあげます。

 

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